大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)909号 判決 1969年8月28日
原告 松田角市
<ほか一名>
右原告両名訴訟代理人弁護士 大原篤
大原健司
被告 山野登一
<ほか三名>
右被告等四名訴訟代理人弁護士 加藤正次
森昌
高木伸夫
主文
被告等四名は各自、原告両名の各自に対し、金二五万円およびこれに対する昭和四〇年六月二七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告等の負担とする。
この判決は各原告が被告等各自に対しそれぞれ金八万円ずつの担保を供するときは仮は執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
原告両名を買主として原告等と被告山野登一との間に昭和四〇年三月六日、代金額を金二、六六〇万円、手付金として買主は契約成立とともに金二〇〇万円を売主に支払うべきことと定めて、別紙目録記載の如き表示をもって土地の売買契約を締結したこと、原告等が即日被告等に対し契約所定の手付として金二〇〇万円を交付したことはいずれも当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によれば、公簿上大阪市住吉区庭井町一四二番地山林二反五畝一〇歩と表示せられた土地は被告山野登一のほか爾余の被告等三名において各四分の一ずつの持分により共有するところであり、被告山野登一が売主本人兼爾余の被告三名の共有者等の各代理人として原告等との間に叙上売買契約を締結したものであること、ならびに売買契約の内容として叙上の事項の外、買主の前記手付金を代金内入に充当した後の残代金支払および売主の所有権移転登記手続履践の最終期限を同年五月五日、売主が右履行を遅滞したときは前記手付金の倍額を買主に支払うこと、買主遅滞の場合には売主において格別の手続を要せず既収の手付金額を収得すること、当事者の一方が所定の期限を徒過した場合には相手方は即時無条件で本件売買契約を解除しうべきこと等定めたことが認められ、他に右認定を覆えすべき証拠はない。なお原告等は右契約において売主は買主に対して売買目的土地が公道に通ずる相当幅員ある道路に接し交通上病院建築に何等の支障の生じない土地であることを確保すべき旨の特約がなされていたと主張するが、≪証拠判断省略≫他に右主張を肯認するに足りる証拠がない。そして≪証拠省略≫を綜合すれば、叙上売買契約において当事者双方が別紙目録記載の如く表示することによって具体的に特定指示せんと意図した叙上売買の目的物たる土地の現地の範囲としては右表示に照応する真実の現地たる山林二反五畝一〇歩(別紙見取図上(5)の部分に相当する位置所在。以下これを本件山林という。)のほか、その西北方に位置する大阪市住吉区苅田町一一丁目一四番の五、苅田土地改良区所有の溜池(通称よさみ池、以下これを苅田町のよさみ池と指称する。)の東側椽をなす堤防と右山林現地との間に南北に細長く介在している他人所有の水路(添付見取図上(3)と表示してある位置に所在する約五〇坪((一六五・二八平方米))の区域)および右水路に沿いその東側に存在する泥上場の土地(添付見取図上(4)と表示してある位置に所在する)各地域を含めた範囲の地域を合意の対象としてものであったこと、それにも拘らず買主たる原告等においてはもとより売主たる被告等ならびに同人等のために右契約締結の仲介斡旋をした訴外山野栄三郎その他右取引に仲介人として関与した不動産取引業者たる訴外植松行夫および住田力造等においても叙上水路および泥上場が本件山林の一部に含まれず各別個に他人の所有に層するものであることにつき明確な認識がなく、むしろいずれもが唯漫然と右水路等が山林に属するその一部であり、したがって右山林の現地は前記の苅田町のよさみ池の東側堤防敷に相接するものと観念していたものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫そうすると叙上本件売買は一部他人の所有地の売買を目的とする契約を含むものというべきである。ところで叙上売買の目的とせられた本件山林と前記水路および泥上場を一体とした区域の土地の状況を全体として客観的に観察するときは、それがその如何なる部位においても直接には公路に接しない関係位置に在りその具体的地形は別紙見取図面の如きものであることは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫を総合すれば、本件山林等現地における実況よりすれば本件山林と前記泥上場の土地とは自然の傾斜(泥上場から見れば次第に東方に高くなって本件山林の区域となる)をなす地続きの一体たる外観を呈していて、地勢上格段の高低の差、自然的界標と認むべき地形地物の存在等山林と泥上場の各区域を画すべき可視的外形上の徴憑は何等存せず、泥上場の西側に在る水路も顕著な水流や水の貯溜の姿を示さず、雑草に覆われた凹地状を呈しているにすぎないことによって、外見上は唯その西側に接して存在する前記よさみ池東岸の堤防の高さを看取せしめるだけの結果となる状況にあり、結局右山林、泥上場および水路は一体をなしてその全域が公簿上の本件山林の表示に相応する土地の現地と認められるものであったこと、右東岸の堤防はその北端において東西に通ずる公道に接続しており、しかもその外形はその最頂部が幅員一間余、平坦な道路状を呈し現に事実上一般的通路として人車の往来に供せられていたこと、したがって原告等両名、被告等ならびに本件売買を仲介斡旋した不動産取引業者植松行夫や住田力造その他取引関係者においては少くとも本件売買契約締結の当時には本件山林、泥上場および水路がその全区域を含めて一筆の土地として、その西側において少くとも認定道路にはなっていると認められる前記堤防に直接面しているものと認識していたのであり、右取引関係者等に限らず、附近の土地の区画、地目、その帰属関係等に詳しい土地改良区役員等を除けば附近住民一般にとっても事は同様であった、そして原告等買主は叙上売買契約締結後一〇日か二週間の後に至り、その間大阪市総合計画局や同市土木部道路課道路明示係その他土地および建築関係官公署に就いて調査した結果、それまでは少くとも認定道路として北方を東西に道ずる公道に通じているものと確信していた苅田町のよさみ池の東岸堤防は事実上耕作のための通路として日常使用されているが認定道路ではなく買受土地が全く正規の道路には接していないためそのままでは当初からの買受目的たる孝治の開業せんとしている病院建物敷地に供用することが行政上許されないことが判明するに至り、原告は先ず右堤防を北方の公道に至るまでの事実上の通路として使用しうるようにするため急遽土地の有力者たる訴外北野藤治郎に尽力方依頼するとともに被告等に対し前記約定の履行期日の延期を申入れ被告等の承諾を得て右期日を六月四日に延期したうえ、右北野の斡旋により前記苅田町土地改良区の役員等と折衝してほぼ堤防通行の承諾を取りつけたが、そのうち更に調査したところにより土地所有者から唯事実上の通行の承諾を得たとしても、もし右堤防が少くとも所定の四米の幅員を有する正規の認定道路でないならば、依然本件土地に所期の如き病院建物を建築することは行政上許されないことが明らかとなったので、原告等は飽迄買受土地から公道えの通路を確保する目的で本件山林の東北方に位置する大阪市住吉区庭井町一四三番地の一、庭井土地改良区所有の溜池(通称よさみ池、以下これを庭井町のよさみ池と指称する。)の西北岸・本件山林の北北東部にあたる一部を買収して新たに北方の公道に通ずる所要の幅員を備えた認定道路を開設する計画を樹てるほかなかった。しかしその間にも叙上延期日も迫まってきたので同年六月三日頃原告孝治より申出て被告登一と面接のうえ再度履行期日を延期してくれるよう要望した。これに対し被告山野登一は原告孝治に対し本件売買の目的たる土地が道路の便を欠き土地利用上の障碍が存するのであれば、むしろ本件売買契約を合意解除して授受済みの手付金額二〇〇万円を返還すべきことを提案したところ、これに対し原告孝治が同人としては本件土地の取得利用に執着あり、もっぱら原告側の奔走尽力によって道路問題を解決すべき意思と方策のあることを説明して合意解除には応ぜず、なお履行期日の暫時の延期方主張したので、被告登一も右延期の要望を容れ双方の合意をもって同年六月一一日に延期することにしたが、後日更に六月二一日に延期した。その間原告等は前記の北野藤治郎の協力斡旋を得て庭井町土地改良区役員および同町住民中の有力者等との間に折衝して前記庭井町のよさみ池西北部岸添いの一部の買受けにより水面を埋立てて本件山林北々東部から北方公道に通ずる通路を構築して道路の認定を受ける計画の実現をはかったのであるが、売買価額および売買すべき池の範囲について双方の希望が一致せず早急な妥結の見通しがたたないため原告等は止むなく前記の如く六月一一日の約定期日をも更に延期すべき旨被告山野登一に要望せざるを得なくなったのである。ところで原告等としては右のとおり再三履行期日の延期を求めるほか、もし庭井町土地改良区との間のよさみ池の一部買収工作が成功すれば、その買受代金のみならず新規の道路開設の工事費用として多額の出資を必要とするためその頃前記山野栄三郎に対し被告等との間の本件売買代金を三五〇万円程度減額せられたい旨申出をなしたが被告等は約定代金減額要求に応ずる意思のあることを示さなかった。かくして約定の最終履行期日たる六月二一日約定の場所たる司法書士事務所において原告孝治は来会した被告山野登一に対し重ねて約定代金につき金額三五〇万円の減額要求をしたが同被告はこれを拒絶したので同原告は約定通りの金額を現金をもって即時支払うべき提供したが同被告はその受領も拒絶した。
≪証拠判断省略≫他方売主たる被告等の側の事情をみるのに、≪証拠省略≫によれば、売主たる被告等においても本件売買契約締結の昭和四〇年三月六日当時には買主たる原告等の買受土地利用目的が各公簿表示の形式上の地目本来の用法に従う利用をなすことを目的とするものではなくして、少くとも日常該土地えの往来が予想せられるべき建物の建築所有を目的とするものであることは買主の説明により了知していたのであり、暗然にもせよ右契約目的は当事者間に表示せられていたことが推認せられ、これに反する証拠はない。原告等は本件売買締結以前から売主たる被告山野登一に対し、原告松田孝治が新たに建築開業せんとする病院建物建築敷地に供用せんとするものである旨契約目的を告知し、売主においては買主たる原告等に対し右用途えの利用可能性、適格性を保証した旨主張するが、右主張に添う≪証拠省略≫は≪証拠省略≫と対比していずれもそのままには信用することができず、また≪証拠省略≫中右原告等主張に添う趣旨の記載もその内容は右植松行夫および住田力造両名の裁判外における本件売買取引に同人等が関与した事実の報告文書であって実質的には同人等の前記各証言と同視すべく、その証言に関する上記説示と同様にわかにこれを信用することはできないし、他に叙上認定を覆えすに足りる証拠はない。
叙上認定したところをもってすれば本件売買の目的とせられた土地は全く公路に接せず、かつ公路に通ずる利用可能な事実上の通路の利用可能性も具備しない点においてその前記認定の如き当事者間に表示せられた買主側の売買目的に照らし隠くれた瑕疵を存したものと認めるのが相当である。
そして前記認定の如く原告等が買受けにかかる本件山林等を病院建物建築敷地に供用せんとする所期の目的を現実に達するためにはなお原告等において本件売買とともに大阪市住吉区苅田町土地改良区より前記堤防と苅田町のよさみ池の東岸添いの一部帯状に水面を譲受けて埋立て堤防頂部の幅員を最低四メートルにまで拡張のうえ当該行政庁に就き道路の認定を受けるか、右堤防頂部の拡張工事および認定道路開設一切を先ず苅田町自身において実現するか或はまた本件山林の東または東北部に存在する大阪市住吉区庭井町土地改良区所有のよさみ池の少くとも西北岸の一部を埋立ててそこに北側の公道に通ずる道路が開設されることが必要であり、右通路が現実に開設せられるのでない限り建築行政上原告等の意図する病院建物建築に関する当該行政庁の許可を得ることは不能の状況に在ったのであるから、本件売買はその目的物に存する前示の瑕疵に因り買受人たる原告等においては右契約をなした目的を達すること不能な場合に該当するものとして、民法五七〇条、第五六六条により原告等買主は本件売買契約の解除権を有するものと解せられる。そして原告等が右解除権の行使として被告等に対し昭和四〇年六月二五日付書留内容証明郵便をもって本件売買契約解除の意思表示をなし、右書面は同月二六日被告等に到達したことは当事者間に争がない。これに対し被告等は前記認定の如き売買履行期日の再三延期の経過ならびに代金の支払提供の事実を根拠として、原告等は既に売主の担保責任に基く請求権一切を抛棄しているものであるから右解除はその効力を生じない旨抗弁する。
しかしながら売買目的物の瑕疵を発見した買主がなお自己の負担もしくは行為をもって当該瑕疵の除去もしくは修補に努めて飽まで当該売買の経済的効果を享有せんことを期し、または後日における右瑕疵の除去等の試みの成功を期待しつつ約定履行期限の到来により一応その代金債務の履行を提供したからといって、そのために売主の担保責任に基く法定の権利を終局確定的に喪失せしめるべき合理的理由は存しないと考えられる(もとより叙上の場合についても民法第五六六条第三項の準用が妨げられるものではない)から、買主側に存する叙上容態を捉らえて右担保責任に基く請求権の抛棄があったものという被告等の主張は到底採用することができない。そうすると原告等と被告等の間の本件山林等前記売買契約は昭和四〇年六月二六日限り解除せられたものというべく、右解除により被告等は原状回復のため授受済みの手付金額二〇〇万円を返還すべき義務があり、右義務は被告等の間において均等割合による分割義務であり、右返還請求の債権者たる原告等の間においては均等割合による分割債権たるものと解せられるから、被告等四名は各自、原告両名の各自に対してそれぞれ金二五万円およびこれに対する叙上契約解除の翌日たる昭和四〇年六月二七日以降右完済に至るまで年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務があることが明らかである。
よって原告等の請求はいずれも正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言に付同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 日野達蔵)
<以下省略>